Diary-'03 Apr

 4月27日『そろそろ楽器を』

 つい1ヶ月半前はばりばり楽器を吹いていたのに、ここんところまったくご無沙汰。そのうえ毎日やっていることは計算・計算・計算。今日も夏の学校のゼミのための計算をしていたけどこれがまためんどくさく、そしてなかなか合わない・・・。で、たまにはとフルートアンサンブルのMDを聞きながらやってたのですが(普段は聞きながらだと集中できないのであまりそういうことはしないのですが。)、そうしたら、無性にフルートを吹きたくなりました。いいっすね。ボザは(夏山の4番がよひよひ。)
 あしたはたしか東工大オケの練習日だった気がする。人間気晴らしをしないと続かないし…。



 4月24日『毎日の生活が・・・』

 最近同じような気がします。学校では勉強して、授業でて(寝る場合あり)、ゼミに出て、飯食って、寝て(寝袋で)、家でも飯食ってねて・・・の繰り返しです。せまりくるゼミのための予習と自分でやってる勉強をこなすので精一杯、というか、こなせてないです。はい。
 今日は夏の学校のゼミ。テトラード基底のお話でした。最近計算が多くて大変です。



 4月21日『空白の一週間』

 日記を書くのも1週間ぶりです。ホームページぜんぜんアップできないでごめんなさいです。それというのも、この先週の1週間、ほんと大変でした。へたに相対論勉強してかないで院に入ったらこのありさま。

 とりあえずこの1週間は授業週間。つくばとはちがい授業時間が90分なので長いこと。まぁ、つくばでもそうでしたが、うとうとするのはあたりまえ。
 あと、ゼミのほうが。メインは来週からとはいえ、金曜日に夏の学校のゼミ(夏休みに全国の若手−M1あたり−が集まってゼミをするのです。それが夏の学校。それで発表しなきゃいけないらしく、そのゼミ。)がはいり、渡されたのは小松さんという方(東北大?)の修論。でも相対論初心者の私にはさっぱりなにやら。金曜日までに何とか追いつけたものの、これにあと相対論のゼミに場の量子論のゼミ。でもこれぐらいでまけてはらんないっす。

 ちなみに今日は集中講義。明日、あさってまでありますが、それをぬうかのように明日昼に場の量子論のゼミ。いきなり発表です。まぁ、いまから泊まりでがんばりますか。




 4月14日『初めての』

 明日でちょうど入学して一週間。まぁ、この時期は(大学1年生なら)いろいろ初めてのこともあるでしょうが・・・そして今日、私も初体験をしてしまいました。研究室に泊まるということを・・・

 いやいや、ほんとにやばいんですって。もうなぜかも思い出したくないくらいですが。でも一歩一歩前に進むしかないです。そのためのお泊り。
 隣の研究室のM2の人なんて、月〜金で泊まっているんだから(ちなみにその人は学部は他大の化学専攻だったんですって。でもいまではバリバリ素粒子のお方、すごい先輩)・・・上には上がいるものです。その人は布団まで持ってきているんだから。

 あと今日あったことといえば、管弦楽団に入団届を出したぐらい。サークルの先輩方(私にとっては年下ですが)がいろいろ説明してくださって、1年生も(M1は除いて)2人入ってました。たぶんこんな風に研究室に泊まるときに夜こっそり練習しに行く程度でしょうけど(この大学には部室というものがあって、そこで24時間音だし可能だとか。だから、入ったようなものです。)



 4月12日『やばすぎ・・・』

 ここんとこ更新が途絶えてました。わたしは、どうも性格が災いしてか、更新するならサボった分も書かないと・・・と考えてしまって、気持ち的に日記かくのが重くなってしまってたのですが、もうそれもやめます。っていうか、やめないと。

 やばいというのは、ゼミのことです。たぶん物理やってない人にはわからないと思いますが、わたしはゼミが3つあって、1つが相対論のゼミ。最初の所は「多様体」という数学の話し・・・らしい。2つ目が場の量子論のゼミ、1回に40ページ進むとかいうはったり?にしか思えないことをいわれたのだが・・・そして最後が夏の学校のゼミ、前の2つは英語のテキストですが、これはまずはある人の修士論文(日本語)を読むことに。でもこの論文、前提知識は相対論・・・って、わたし相対論まだあまりやってないっちゅうの!

 入って1週間、これは、卒論の時期よりやばいかもしれません。



 追いついたと思ったらまたさぼって・・・。まだ入学してからそんな経ってないのに、すごい忙しくなってしまって、毎日てんやわんやです。

 4月9日『起きられない』

 そういえば、ここ最近は引越しの他にもいろいろあったせいか体に疲労が蓄積されているらしく、朝起きようとしても起きられない・・・。この日も午前中に学校に行こうと思ったのに、なんだかんだでついたのが1:00前くらい。
 この日は管弦楽団の個別オリエンテーションとやらがあり、見にいったら中で木管5重奏、金管5重奏、打楽器、弦楽器のアンサンブルと、楽器体験をしておりました。この日結構外でサークル勧誘してたのですが、わたしビラを1枚ももらえず、そしてそのオケのオリエンテーションの会場にいったときも、最初「この人は何しにここに来たんだろう」っていうような感じで見られてしまって・・・やはり年というのはとりたくないものですね (その後夕食時には先輩にふけ顔とまで言われてしまった・・・そんなにふけてるかなぁ?)。


 4月8日『入学式』

 まぁ、大体わかると思いますが、大学の入学式なんてたいしたことないわけで・・・。特に東工大の場合は学部と院、同じに体育館でやるので、つくばよりひどいですね。
 それでも、一応私にとっては大学院に正式に入る式で、一応これからが正念場だと思っています。ということもあり、(まぁ、近いってこともありますが)記念に親が写真を撮りたいみたいなので、一緒に出かけることになりました。

 まぁ、すでやる気がなかったので、ぎりぎりの時間に到着。でっかい体育館にいすがずらーーーーーっと並べられ、そこに新入生がびっしり(もちろん遅かったのでかなり後ろの方)。学長の話も来賓の話も別におもしろいわけがなく・・・でも、お偉い人が壇上に上がるときと降りるとき、そして学生歌の時に東工大の管弦楽団が演奏し、そして入学式が終わった後に引き続いてあった新入生歓迎ピアノ演奏会(なぜこれを毎年やってるのかは不明だが)で、これも管弦楽団+芸大の修士でたばかりの若いピアニスト(♀)が演奏してました。
 東工大は残念ながら吹奏楽がないらしく、ということで入るなら管弦楽かなぁと思ってたので、興味津々にきいておりました。まぁ、感想に関しては、私の将来を考えてここでは明かさないことにします(!?)。

 その後は、研究室の用事を少々やりまして、その後宇宙物理の世界では有名なSilkさんが東大で講演するというので、さっそく同じ研究室のM1のYくんと行ってみました。まぁ、実際行っても講演は英語なのでわけわかりませんでしたが。
 講演の後は、研究室の私の担当教官であるS助教授にごはんを誘われたので、東大の近くの飲み屋へ。どうやら、Sさんはうちの学年に期待しているらしく、活発にがんばっておくれと言われてしまって・・・、あと、学生の頃は物理が好きで好きでたまらなかったとか、「赤毛のアン」はすごく感動したってことを話しておりました。やっぱり、これぐらいじゃないと、いや、これ以上じゃないとこの世界生き残れないんだなぁと感じました。って、私にはできる気がしない・・・。




 やっとこさ、追いつきました。

 4月7日『初登校』

 入学式は明日なのですが、それに先だって今日は研究室のお掃除に呼ばれました。もちろん、わたしだけでなく、他のM1(修士-Master-1年のこと)も呼ばれてるわけで、これからいっしょに勉強するであろう人々に初対面しました。
 うちの研究室のM1は私以外には4人、そのうちの2人にあったのですが、その2人とも内部生。そのうち片方はなんと飛び級(4年生にならず、直接院に入ること。ちなみにその場合、大学は中退扱いになるので、学士をもっていないのです)。って、この時会った素粒子のM1の人も飛び級・・・って、最近飛び級ってはやってるの?確かつくばにはいなかったような・・・
 んで、朝10時に集合して、いくつもある研究室のお掃除等(ここでは、分野別でなく、宇宙と原子核と素粒子の人がごっちゃに、研究室に住んでるのです。なので、M1もみんなばらばらのお部屋にいくことになります)、途中教官とのごはんをはさみ、ネットワーク関係の設定、こんどやるテキストのコピーをして終了。帰ったのが17時だから、結構がんばった(と思ってます)。
 まぁ、行きかえり家から駅まで20分+電車に揺られ40分に加え、学校でもほとんどたちっぱなしという慣れないことをしていたので、今も足が痛い・・・明日はいよいよ入学式です。


 4月6日『ステーキ』

 実家の強み、それは家族で外食ができること。この日の夕食は私の提言で家の近くのステーキやさんにくりだしました。いやはや、200gのステーキにごはん、そしてサラダ、スープ食べ放題なんて、超幸せです(最近、食べ物とお風呂がわたしの幸せですので)。でも、どうやらつくばにいたせいか、やはり胃が大きくなっているみたいで、たくさん腹につめこんだのに、満腹度100%になりませんでした。う〜ん、だから太るのか。


 4月5日『ひさしぶりの、何もない日』

 昨日まで、ほんと毎日のように何かしらが入っていたのに、この日と次の日は予定なし!久しぶりにのんびりできました。
 でも、のんびりできるときだからこそやらねばならぬこと、それが予習です。わたしは大学と大学院では、同じ宇宙の分野の研究室でも全然違うことをやるので、また1からやりなおさないといけないのです(なにをやるかというと、『一般相対論』というやつです。ほら、あのアインシュタインで有名な)。もう夏ごろに出されてた課題図書が2冊あるのに、まだ全然、1ページも。まぁ、アンサンブルつくばとか、引越しとかいろいろあったし・・・というのはいい訳ですが。
 ということで、ひま、だけどゲームをする気にもなれず、この日は一生懸命計算をして苦しんでおりました。




 4月6日・・・明日から大学院での生活が始まるというのに、なんてだめだめなのでしょう。勉強しようと思ったけど結局思っただけで、まったくやってない・・・日記書いてから少しでいいからやっとかないと。


 4月4日『ゴロゴロと・・・』

 この日はお友達の家に行き、いろいろとゴロゴロしてました。最初はビデオから。まず見たのはWRESTLE-1とかいうプロレス団体の番組。見ていると、そこに私のヒーロー、全日本の渕選手が現れたではありませんか(渕正信−全日本プロレスに所属、中年の渋さがなんともいえない、でもすんごい実力者…最近負けぎみだけど…あるプロレス番組では「かっこいいオヤジ」と紹介されてた。こいけは渕選手のファンでございます)。なんか、ガッツのある若いプロレス選手を発掘するとかいうやつで、渕選手に認められた若者は「渕印籠」たるものをもらえるという(渕印籠=黄門さまの印籠の徳川家の家紋が入っている所に、まるの中に渕の字というデザイン)。まぁ、普通に見たら、お馬鹿に見えるアイテムかもしれませんが、いやはや、こいけにとっては、いいなぁ、ほしいなぁって感じです。

 次に見たのは、この前までやってた忍風戦隊ハリケンジャーのビデオ、ある一話だけ、すごいってやつがあるということで、見ることになりました(ちなみに、この友達は、プロレスファンではありますが、決してアニメおたく等の趣味はございません。でもハリケンジャーは、なんか心ひかれるものがあったのでしょう。おもしろいものはとことん追求する、それが彼なのです)。これは文章で書いても面白さはまったく伝わらないでしょうが、面白かった1番の核は、巨大化したウェンディーヌが、鼻息をあらくしながら、火を吐いているところ(って、ハリケンジャー見たことないとなにがなんやらわからないと思いますが)。

 後は、SFC版きんぎょ注意報で遊びながら、お笑いマンガ道場を見ておりました。って、このお笑いマンガ道場も知らない人、結構いるみたいで悲しいのですが・・・この司会者、柏村武昭氏がほんといい味出してます。超毒舌だし。でも今は国会議員やってるみたいです。神奈川県知事に立候補しているだれかさんみたいにやめてなければ・・・ですが。
 お笑いマンガ道場−あるお題に対して回答者がマンガでギャクを飛ばすという、後にも先にもマンガを使ったお笑い番組はこれ1本(だと思います)。もし知ってる人がいたら、わたしに教えてください。


 4月3日『赤レンガ倉庫』

 この日は横浜にお出かけ。たわいもなくぶらぶらと横浜、桜木町の方を散策?しました。この日、初体験を2つやったのですが・・・。

 1.コスモワールド(?)のジェットコースターに乗った
 私はジェットコースター的な乗り物はあまり得意ではなく・・・でもまぁせっかくだから、ということで乗ってみました。いつ乗ってもあの落ちる感覚はいやなものです。でも、落ちたのは大小合わせて4回、あとはらせん状に落ちるやつ、時間にして1分くらい?これで700円はちょっと高いかな?でも、あの落ちる感覚は、要は一般相対論に通じる所があったり・・・って、一応私が物理であることをアピールしておきます・・・いちおう・・・。

 2.赤レンガ倉庫に行った
 赤レンガ倉庫は、なんか中はお店になったということは聞いていたのですが、今まで行ったことがなかったので、ちょいと行ってみました。外見はほとんど赤レンガ倉庫(なんか一部改造されて、テラスみたいのができてたけど)。でも中身は・・・2つあるうちの1つ目の建物は、もう、歴史を感じさせるなんて微塵も、いわゆる若者向けのお店や、石鹸やさんとかいろいろ。もう1つの建物は少々お店は入っているものの、2階はギャラリーになってるなど、少々しゃれてたりする。総じると・・・なんか、改造したみたいだけどなにしたかったのかよくわからない・・・というところでしょうか。一応歴史的な建造物なんじゃ?ないの??


 4月2日『やっとこさ帰宅』

 次の日、Nくんが研究室のお引越しがあるためにあわただしくN邸を出発。そして急いで銀行の解約をして、Nくんとお別れ(時間がなくて、バスのお見送りまで待てなかったので、路上で)をしました。2日間泊めていただいてありがとう。
 高速バスに乗って、あぁ、これでつくばともお別れかぁと、車内で感慨にふけるかなぁと少し思ってはいたのだけど、やっぱりそこはこいけ、しっかり寝てしまいました。
 家に帰ると、別に少しも歓迎されず、あぁ、帰ってきたんだ、という感じ。そりゃそうか、だって引越しの時に帰ってるし・・・。でも今度は2年間、親に直接面倒見てもらうわけで、ほんと、よろしくお願いします。


 4月1日『帰るはずだったのに・・・』

 予定では4月1日につくばを去るつもり・・・なので、そのつもりで行動しようとしたら、まだまだいろいろやる事が・・・。
 結局前日から理論部屋のNくんちに泊まってたのですが、最終日だというのに、まだまだ仕事が・・・。まず荷造り(うちにあった布団やその他ちょっとしたものをNくんちに運んでおいたので、それを送るための)、人に借りたものの返却の旅(これはMさんに車で付き合ってもらいました)、そして荷物を送ろうとしたら、取りに来るの18:00だそうで・・・つくばから家まで、帰りは3時間ちょいぐらいなので、別につくば発最終バス(21:30)でも間に合うからいいか〜と思ってたのです。
 あと、つくばでやることの1つに、銀行の口座の解約があったのです。そこで、解約しにつくばセンターまでいったら、なんと、閉まってた。銀行の窓口は15:00までだということを知らず、17:00ごろ行ってしまった・・・。情けなや。でも、口座解約は窓口にいかなあかんし、横浜に戻ったら茨城の1地方銀行である常陽銀行の窓口なんて、上野あたりに出るほかにないし・・・と思って・・・結局、荷物のこともあり、帰るのは次の日の朝にすることにしました。これならゆっくり飯も食える。
 ごはんはつくばセンターのカプリチョ−ザ。その後駄目押しのお風呂「湯楽の里」へ(実は前の日にお風呂入ってなかったので・・・)。そしてすでに横浜にいるはずであった夜をつくばで過ごしたわけでした。


 3月31日『さようなら、こいけ邸』

 この日は、家を追い出される日。でものんきに朝、ガスを止められる直前までお風呂に入ってました。
 というのも、部屋探しの時にこの家にした理由が、おふろが広い!ということがかなりのウェイトをしめていたので(風呂は命の洗濯よ、という言葉もありますし)、最後に入っておきたかったというわけです。実際生活をしている間はほとんどシャワーですましていたので、もったいないって気持ちもあったのでしょう。
 そしてお昼前に不動産屋さんが来るので、それまで最後の整理と掃除。そして写真。
 こう見えても(?)私はこれが5回目のお引越し。そして、お引越しの際には必ず…だったと思いますが、写真を撮ることにしてるのです。荷物も出した後の、がらんとしたお部屋ですが・・・。でも、もう2度と住まないだろうその部屋も、住んでいた間にはいろいろな事が起こったわけで、なにもない部屋を見てるだけでもいろいろ思い出すことができるものです。今ごろ、いったいどんな人がわたしのお部屋に住んでんでしょうか?

 夜は、最後の「ナディア」。27日に本編は見終わっていたのですが、映画版が残ってる・・・ということで、見ることになったのですが、その日は一緒に「ナディア」を見てた後輩2人が追い出しをしてくれて。見よ、この豪華な料理の数々!肉じゃが、冷奴、かつおのたたき、ぶりかま、サラダ、ひじきの煮たの。つくばで、個人の家の中で食べた料理でたぶん1番豪華でしょう。その上、プレゼントまで頂いてしまって、ほんとに、ほんとにありがとうでした。
 思えばこの後輩達は、自分がサークルの仕事(進行係)でとっても大変な時期に、それに巻き込んでしまって、でも不満1つ言わず手伝ってくれて・・・たぶんサークルの中で自分が作った人間関係の中で、1番いい関係だったと思ってます。本当に、今までありがとうございました。


 明日には本当に現実の時間に戻れそう?って、なんか細かく書く必要ないのに、書いてしまうんですよね。まぁ、まだ余裕があるから、なんでしょうが・・・。



 今日は4月5日。って、昨日は過去の日記を書くだけで、昨日自身の日記、書いてませんでした。昨日は昨日でまたあったのですが・・・そのことはいつ書けるんだろう?


 3月30日『研究室の追い出し飲み会』

 次の日のトラック返却時間が10時、ということで、渋滞等も考えてうちを出るのが6時でした。もちろんSさんはもっとはやく、きっと家を4時半頃出たのでしょう。わたしが6時前に家に出たときに、トラックが家の前に止まってて、中で彼は寝ておりました。
 8時半につくばにはついたのですが、お金を下ろした後家に。なーんにもない家で、あまりの疲れのため布団でぐっすり(この日の晩泊まるために、ふとんは残しておいたのです)。って、まだ部屋の掃除とかせなあかんのに・・・。
 そのあと、1回学校の方に行って、図書館から借りてきてもらっていた本(つくばを去る人は3月は借りられないので、つくばに残る人に頼んで借りてもらってたです。)を“ぢょごぢょご”とコピーして・・・。

 そのあとは研究会の追い出し会。学校の近くの中華料理屋「リューホーロー(漢字忘れた)」でわいわいとやってました。なぜかうちの研究室は、お酒が入ると色恋の話しになる・・・そこのお店の「カメ出ししょうこう酒」とやらを飲みながら、諸先輩方のお話に耳を傾けておりました。うちの研究室の助手のNさんは最近結婚したし、どうやら先輩のMさんには、新たな恋の予感?そして、私めはその調査隊として任命されました。というか、自分で勝手に任命しました。その報告も、今後できる…かな?
 2次会は計算物理学センターで。研究室の教授(ボス)のUさんが持ってきた、イタリア土産のお酒(レモンのお酒。強いんだけど、飲みあたりがいいんです)等、いろいろ飲みながら、でもやっぱり話しはMさんの人生について。だってボスが率先して突っ込んですもの。だれも止められないです。

 んで、ちょっとそこで失礼して、休憩の後、研究員Sさんのお仕事の手伝い。実はまだ仕事(この前の研究会の資料作り、送られてきた発表原稿をスキャナーでとりこむ仕事)と、Sさんの研究室のお引越しの手伝いが残っていて・・・あれだけ引越しで手伝ってもらったので、もちろんここでは働かねば!ということで、夜中4時ごろからせこせことスキャナーで取り込んでました。それも、JUDY AND MARYのPVを見ながら。
 SさんはJAMのファンで、CDは全部持ってるとか。そして、JAMのPVのDVDも持っていて、それをスキャナーの所にセッティングしてくれたので、私は楽しくお仕事できました。JAMは、解散したかしないかぐらいでちゃんと聞くようになって・・・っていってもほとんどBEST版しか聞いたことないのですが。ちなみに、朝、寝ぼけてる時にチャリで学校に向かう時、このJAMを大音量で流し、目覚ましとしてよく助けられました。このPVには、そのBEST版にある曲のが結構ありまして、なかなか面白かったです。っていうか、若いねぇ、YUKIも(最近出産した?とか聞いたんだけど)。


 3月29日『お引越し』

 お引越し、お引越し〜♪。今回のお引越しは研究室の研究員の方(Sさん)が厚木に引っ越すため、トラックを借りるということで、それに便乗という形で引越しさせてもらいました。私はもう冷蔵庫と電子レンジがないので、たぶん全部乗るだろうという予想の元お願いしました。でもそれでも結構荷物は多い…。
 まず、最初にSさんとトラックを借りに行き、そのあとSさんのおうちにいってトラックに荷物をのせてちょうどお昼。その後うちに行って、まだできてない分を時間をもらって荷造りさせてもらい、その後は荷物を2階→1階に。Sさんには、荷物を運ぶの少々と、トラック内で荷物を並べるのすべてと、つくばから戸塚までの運転をすべてやってもらってしまい・・・ほんと感謝の極みです。
 結局、つくばをでたのが5時ぐらい?途中渋滞にもはまり、結局戸塚についたのは10時をまわってました。でもおかげで荷物はほとんど運ぶことができて、とっても安く上がりました(ジャスト10000円!)。ありがとうございます。


 3月28日『入学手続き』

 その後、少々の仮眠の後、まだ夜が空けきってない時間から大学院の入学手続きの書類を完成させるため、書いておりました。そしたら、しまったことに、入学料免除の書類には弟(高校1年)の在学証明を専用の書類に書いてもらわなきゃいけないということに気づき・・・おぉ、どうしよう。入学手続きは今日の15:00までなのに・・・(これを出しておくと、半額でも14万ぐらい免除されるので、こっちも必死なのです)。
 そして、親に弟の学校に電話してもらったら、なんとか今日やってくれるということなので、実家に帰る前に弟の学校(小田急線の『善行』という駅にあります)によって、書類を書いてもらって、その後急いで家に帰り、入学料免除に必要な書類をそろえ、書類の空欄に必要事項を記入し、ぎりぎりのラインで家を出たわけであります。

 ・・・もちろん、つくばにいたときも同じように授業料の免除を出していたわけですが、そんときはほんと、丁寧に見てくれたわけです。しかし・・・

 入学料免除の書類を出しにいったら、1分かからずに終了・・・って、まだよくわからなくて鉛筆がきの所もあったのに・・・。そのあと入学書類を出しにいったら、これまた15秒で終了。まぁ、ほんと、終了寸前に行った私にとってはよかったのですが、なんだかなぁ、朝早くからがんばった努力、あまりむくわれなかった気がする。そしてTI大の事務は冷たいということも知りました。

 でも、この日は日帰り、家の整理をしないと、次の日は引越し当日。あまりの疲れのために家で寝てしまいましたが、それでも夜にはつくばに旅立ちました。最後になるであろう高速バス(行き)にゆられながら。


 3月27日『Kくんとのお別れ』

 この日は朝から晩まで「ナディア」と決まっていました。って、引越し荷物大丈夫なのか?という感じでしたが。
 残っている話しは20話弱。1時間で3話弱見れるので、いくら朝からとはいえ、かなりあせっておりました。でも、途中ご飯をはさみながら、3人でテレビに釘付け。でも最後は感動のラスト!ナディアをみたことない人は絶対見るべきです!いいアニメです!
 そして、感動のラストを迎えた後は、Kくんさよなら会。Kくんは次の日つくばを去ってしまうことになってたので・・・。まずは夕食には焼肉屋!(私は行きの車で、さすがの連日の疲れで寝てしまってましたが)これは、私の追い出しも兼ねてMさんとNくんがおごってくれました。いくら焼いても肉がかたくならない!と感動。その後、ラストにはお風呂。土浦にある「湯楽の里(ゆらのさと)」に幸せになりに。
 まぁ、これでKくんともお別れだと思うとさみしいものです。考えてみれば、彼は、理論部屋にはいれば大体パソコンでゲームorマンガを読む、そしてマニアックなほどのゲーム、それもレトロなゲームに関する膨大な知識をもっている、偉大なお人でした。
たとえば・・・

 【名言】DQ2で福引券を得るためには、買い物の合計金額を16の倍数プラス1or3にする。
 【彼の起こした奇跡】DQ2のロンダルキアの洞窟の宝箱の位置、中身をおぼえており、NくんがやってたDQ2に対しその場で指示、無事導いた。それもファミコン版とスーファミ版の違いに触れながら。
 【そのほかに・・・】DQ1ファミコン版クリアー、その他、DQ2〜4、FF3・4もクリアー。そのスピード、ただものでない。

 私にはできません・・・。
 そんな彼も、4月からは三重の山奥の高校で常勤講師として物理を教えるそうで・・・でも、きっと向こうでも元気でゲーム(三国無双等含)をやってくれるに違いありません。くれぐれもYahoo Newsに乗らないよう、お祈りしております。


 3月26日『Fコンパ』

 引越しの準備をしつつ、この日は冷蔵庫と電子レンジと炊飯器をいとこのおうちに送ることになってました。いとこは今年から私立のT大学の農学部に行くということで、沼津で1人暮し。それでわたしが使っていた(?)電化製品を送ることになったということです。でも、宅急便やさんに頼んだのになかなか来ない。しびれを切らして「ナディア」のためにSぼん邸(チャリで10分)に行ったのですが、もうマンガのようなタイミングで、さてみるかというときに黒猫大和から電話「いまどちらですか?」

 そのあとにはフルートコンパが控えており・・・ということで、確か7時半過ぎまでナディアを見、そのあとフルートコンパ。まぁ、追い出しコンパですな。後輩からは宴会用CD(なんか、いろんな効果音や登場シーンの音楽が入ってた。聞いたけど、とっても微妙。聞く側がかなり酔ってないと意味がなさそう)とハンカチーフを頂きました。
 そのあと、ちょっとフルートコンパを抜けて、差し迫った「ナディア」の続き。1回家に帰ったYさんを呼び出し・・・って、すっげー迷惑。だって時間はもうすぐ11時だし、それにねぇ・・・。

 コンパにもどったあとは、そのまま2次会へ。ここからは『Fコンパ』(Fを知らない人のために・・・Fというのはファンタジーの略。人生に関する深い思慮をおよばした内容の会話。おげれつに言えば下ネタ)モードになってました。その内容たるや、あまりにもあまりにもで、こんな公共の場では(笑)
 でも、このFモードの会話、うちの学年とそのすぐ下の学年しか参加してこないというのが、ちょっち残念というか、最近の若者のパワー不足を感じるというのか、いやいや、女性は強いということですな。


 つづきは、また明日。こんどは、現実の日にもどれるかな?



 前に更新したのが3月21日、そして今日は4月4日、言い訳をすれば、 引越しとかなにやらで忙しかったから・・・なんです。でも、もうそれも過去、 これからは横浜でがんばりますか。
 いままであったこと、おぼえているだけですが、一応のこしときます。


 3月25日『卒業式ですが・・・』

 卒業式です。いよいよ4年間お世話になりました筑波大学ともお別れ〜。でも、この日は朝から不吉なことばかり。お店で買い物したら、端数が出ないようにお金を出したつもりが、おつりが98円になってしまうし、自転車のチェーンは外れるし、理論部屋にもっていった鏡は割れてしまうし・・・。
 そして卒業式、学長の話には驚きました。まさか、朝青龍の本名まで出てくるとは。その他内容といえば筑波大学の未来とか、ノーベル賞の話とか・・・べつに卒業式に言わなくてもいいやん。それに言語学の先生なのに途中でかみまくるし。これなら、前の日にみんなで作った謝辞の方がまだよっぽど・・・と思ったのは事実です。あとは、よくこんなにつくばにハカマがあるなぁ・・・って。
 学位授与式では、自然学類賞とやらをいただきました。理由は、物理学主専攻の中で最優秀だったらしい・・・たぶん、はったりと自由科目−美術系−のおかげでしょう。あとは学位を・・・これは学籍番号順に一列に並んで、担任からもらうというもので、なんとも味気ない、でも自然学類らしい。
 あとは祝賀会。お偉いさまの後に続いて謝辞をしゃべりましたが・・・いや、この謝辞を聞いていたのは20人未満だろう。って、会場うるさくて前の方(食堂でやったのですが、簡易的な台をおいて、そこにお偉いさまはたってしゃべる。わたしは謝辞なので、その台に立っている人に向かってしゃべる。)でなにやってるのか聞こえないし。でも学長と違って、あまり練習してないわりにつまづかずしゃべれたので、まだよかったと。

 まだまだこの日はいろいろあります。
 こんな日に限って、高校の後輩が遊びに来て・・・引き受けた私も悪いのですが、なので、祝賀会を早めに切り上げて相手をしに行ったのですが、その後、洗濯を乾燥機に入れるために家の近くのコインランドリ−に一緒にいったところを・・・理論部屋のKくんに発見され(って、なぜKくんが家の近くまできたかというと、これはこれで、物理の人たちで 祝賀会の2次会をやろうということになってて、それに遅れてでもいいから行こうという 話しになってたからです)、これはこれは、誤解を生むシチュエーション!いえいえ、そんなことはないのですよ(どうやら、彼はまだ誤解してるみたいだけど、あのタイミングは、何をいってもアウトのタイミングだったので、私にも何も言いようがなく)。まぁ、誤解されても悪い気はしませんが・・・、ちょっとかなしいかも。
 そして物理の人達の2次会では、遅れて行ったのでちょっと気まずく、でもなんとか先生とお話はでき(最後、出るときに我が担任、K先生が自分のくつがわからなくなるというハプニングはありましたが)、ちょっとでしたが出てよかったなぁと。

 そして夜は夜で、吹奏楽団の23期のお別れ飲み、端っこの方でちびちびのみ、一応みんなの写真を撮り・・・きっともう会うこともない人がこの中に数人はいるんだろうなぁと考えるとさみしかったのですが、これでも・・・。そして、最後の最後に、つまりにつまってた「ナディア」を消化しに“Sぼん”の家に向かったのです。
 「ナディア」をなぜ見るかについては、先月の分に書きました。主要メンバーはわたしと“Sぼん(24期)”と“Yさん”の3人。でもYさんが吹奏楽団の春合宿・・・もとい、春の演奏旅行にいってしまい、あと見られる日が25〜27+31の4日。この間に残り30話近く+映画版を見るという、はちゃめちゃな予定。ということで、少しでも消化をしておきたかったわけです。まぁ、この日もそんなに進むことはできなかった・・・と思います。


 3月24日『みんなの謝辞』

 この次の日が卒業式。卒業式の日は、卒業式→学位授与式→祝賀会のように進むのですが、実は、私は、この祝賀会の時の第一学群代表の謝辞をいうことになってしまっていたのです。謝辞なんて卒業論文の後ろに書いたのがはじめて、ましてや皆さんの前で発表なんて・・・。ということで、物理学のみなさまにお助けを頼み、私が書いた原稿を添削していただきました。なんか、前やった人の謝辞は、文系の人のだったのですが、出だしが「寒い風もだんだん温かくなって・・・」みたいなんで、って、そんなの物理の人にかけるわけないって。謝辞などというものを理系の、それも物理がやるとは・・・
 そして、皆様の温かい訂正のおかげで、謝辞は完成いたしました。ほんと、読む時に、最後に言う自分の名前の後に、訂正してくれたみんなの名前を足したいぐらいでした。


 3月22日『こいけ会議』

 この日は久しぶりにフルートパートの先輩方が来られて、荷物が散々となっている家で飲みました。1人はもう社会人(仕事場は東京なのにちょくちょくつくばに来てるんだって。)、もう1人は筑波の大学院生で下田に(下田には海洋関係の研究所があるんですって。でもそれでもちょくちょく川崎の方にくるんやって)います。まぁ、話しはたわいもない仕事の話とか、あとは人生の先輩としての、深みのある経験のお話など・・・なかなかおもしろかったです。やはり人の話を聞くというのはおもしろい(でも、わたしはおしゃべりらしい・・・聞き上手ではないんだろうか?)。


 つづきは、また明日にでも。(って、一気に書くとつかれるものですね)



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